セラピストにむけた情報発信



本紹介 「オオカミ少女はいなかった」



2009年3月12日

今回ご紹介する本は,教科書的知識として広く知られている心理学の知識が,実はでたらめな可能性もあることや,いったんその情報が誤りであることが明らかになっても,時を経て再び既成事実として何度もよみがえる危険性があることを伝える本です.

鈴木光太郎 オオカミ少女はいなかった.新曜社.2008 

誤った情報が何の検証もされずに事実として鵜呑みにされていることに警鐘を鳴らすという点では,以前ご紹介しました「疑似科学入門」と類似した本です.

偽りの事実として取り上げられた内容は,オオカミに育てられた2人の少女(アマラとカマラ)の話や,恐怖の条件づけに関するアルバート坊やの実験など,いずれも心理学における代表的エピソードばかりであり,その多くはセラピスト養成課程における心理学の授業においても紹介され,セラピストの皆様にも馴染み深いものが多いと予想されます.

いったん教科書的事実として取り上げられると,それが真に科学的検証がなされたうえで明らかにされた話なのかを自分自身で確かめることなく,事実として受け入れてしまう風潮があることを,著者は強い口調で批判しています.確かに研究者が教科書などを執筆し,古典的実験を紹介する際,その原典を詳細に検討しないこともあるだろうと推察されますので,こうした批判には謙虚に耳を傾けるべきだと感じます.

著者の鈴木光太郎氏は,このような問題が人間のこころの問題を扱う心理学では特に顕著な問題としています.実際のところは,人間を対象とするあらゆる学術領域において起こりうる問題なのかもしれません.必ずといって良いほど教科書に掲載されるほど有名なエピソードのなかには,その効果に関する検証が十分でなかったにもかかわらず,強烈なインパクトを残す内容であるが故に多くの人に受け入れられ,わかりやすい教科書やマスメディアなどで頻繁に紹介される結果,事実として定着してしまったものがあるかもしれない...この本は,このような視点で自己の領域の既成事実を見直す機会を与えるのに,十分なインパクトを持っているように思います.

森岡周先生との共著で執筆した「身体運動学−知覚・認知からのメッセージ」では,代表的な研究成果については結果だけでなく,実験課題や方法をできるだけ詳しく紹介することを目指しました.このような研究の紹介方法は,端的に実験結果や臨床との接点だけを理解したい方々には,非常に回りくどく感じたろうと推察いたします.実はこの背景には,“リハビリテーションに役立つ”といわれている研究成果が,具体的どのような実験内容で実施されたかに触れてほしいという意図がありました.研究のタイトルや結論だけを聞けばとても役立つように思えても,実験の詳細を見ると印象が全く異なるという場合は決して少なくありません.拙著でご紹介した様々な研究について,可能な限り読者ご自身でその臨床応用可能性をご判断いただきたい,そんな思いが読者の皆様にも伝わったなら,望外の喜びであります.


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